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精神腫瘍科通院日

約1ヶ月ぶりの通院
昨日から台風が近づいて雨が降っていたけれど
今朝になったら雨もやんでいた。
雨降りだったら夫に行って貰おうと思っていたけれど
バイクで一人で行くことにした。

なんかさバイクでセンターの道を登りながら
妙に寂しくなって、また思っちゃったんだよね
「どうして?私がこんな病気になったの」って

それを考えたらどうしようもなくって
涙で前が見えなくなっちゃった。

馬鹿だよねいつまでも吹っ切れないの

でもセンターに行ってお昼買って
食べようとしたらSさんに会って
やっぱ思いが一緒だから長話しちゃった

Sさん、ご主人さますみません。

精神腫瘍科ではいつものように
話を聞いてもらったけれど
もうそろそろここも卒業かも
気持ちの浮き沈みはあるけれど
前よりはずっと精神的に楽

気持ちの切り替えも早くなってきて
先生は薬なくてものみ忘れても良いと言ってくれるけれど
やっぱ夕食後の一粒はまだ手放せない
たかが一錠されど一錠

でも次に受診するのは2ヵ月後
ちょっと寂しいけれど良いのかな
それ以降は乳腺の受診に合せて
3ヶ月に一度
センターに通わないと言うことは良いことなんだ
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去年の今頃

ちょうどタキソールの1サイクル目が終わったところでした。
次の1週間はお休みで
その次から2サイクル目にはいるところでした。

タキソールを始めて10日くらいしたら
せっかく生えかけていた髪の毛が一気に抜けて
体中の毛もみんな
つるつるの体につるつるの顔(ほんとにつるつるだった)
副作用はだるさと
デカドロンによるなんともいえない違和感

主治医はあまり薬を服用しないほうがいい
(私の場合は)
と言う考えのようで薬があまりなかった
とにかく水分を十分に取って
早く尿として体の外に出すことと
言われていた。
でもねなかなか飲めないの
あまり水やお茶飲まなかったから


タキソールをして2日はテンション高めで
仕事もできるが3日目4日目はだるだる
でまた元気が戻ってきたら
タキソール
これを4ヶ月間(12回)うった

最後のほうでは採血も出来なく
術側で採血して健側で点滴
しかもすごく細い針でないと
血管に刺さらない
血管が逃げるのでルート確保は
いつも主治医にお願いしていた。

このタキソールしているとき
いつも臨床心理士が話を聞いてくれ
だからがんばれたような気がする。
やらなければ終わらない
早く終わりたい
それだけで来たような

もう二度と嫌だけれどね


病理結果

手術前から脇のリンパに転移があると
言われていた。
ただエコーやCTではそんなに
多くはないと思っていた。
手術が終わってから主治医が
何度か部屋に来たがくらい顔をしていた。

もう自分ではきっとすごい事に
なっていると思い泣いて泣いて
泣きまくっていた。
夫は「悪いところみんなとったって言っていたから
心配しなくていいよ」と声を掛けてくれたが
私の中では切れば終わりと思っていたので
これから始まる治療について
不安がいっぱいだった。

退院
十日後に結果を聞きに行った。
主治医は言いにくそうに
「リンパに転移がたくさんあって
ホルモンだけでは叩ききれないから
抗がん剤治療をするほうが良い」と言われた。

ここでは具体的な個数は書きたくないのですが
10個以上あった。
しこりも3センチだった

ホルモンは両方ともプラスではあるが
効き目が強いと言うほどではないと言われた。
ハーセプチンはマイナスだった

抗がん剤は絶対にやりたくなかった。
知り合いの人が吐き気がすごくて
それだけで具合が悪くなるようで
ほんとに嫌だった。

主治医は「焦って結論を出さなくても良いから」
と言ってくれ2週間ほど考える時間を与えてくれた。

死にたくない!
抗がん剤をやればあと何年かは生きられるのかと
聞いたら「運を天に任せるしかない」と

今なら叩くことができると言われ
やっと治療を始めることにした。

まず髪を切ってカツラを探して
準備万端整えて第一回目の治療に挑んだ。

退院してから

入院中は話を聞いてもらって少しは安心していた
その時だけだったけれど…

家に帰ることは嬉しいことだった。
でも入院前の体ではなくなっている。
体の傷も心の傷も深くて長くて…

退院後暫くは自分の体を「どうして動かそう」
と思っていた。
腕は上がらないし、胸の傷は痛いような
私の中では「ガン=死」だった
もう自分は終わりなんじゃないかと思った

だから泣いて泣いて泣き疲れるまで
ネットで調べると悪いことばかりが
あてはまっている

そんな母を娘はとても不安そうに見ていた
ある日「いつまでもそんな愚図愚図してないで化粧でもして
動いたら」と言われた。

その時はなんてきついことを言う子なんだろうと思った
でも娘なりの励ましだよと夫が言ってくれた

それからは家でも化粧して
少しずつ家事もできるようになってきた

ほんとに重い荷物を背負ってしまった
人生波乱万丈
もう戻れないんだ

一日を大切にしていかなければ…
今になって思う

入院中のこと

手術後翌日にはあらゆる機械がはずされ
ちょっとだけ体は楽になりました。

でもドレーンをぶら下げていて
なかなか量も減らなくて「どうなっているんだろう?」

と痛みはあまりないけれど
腕が上がらない
歯磨きも髪を梳かすのも大変だった
一日ごとに腕が上がるようになったけれど

次にやってきたのは
「空虚感」どうしようもないことだけれど
「泣き場所」見つけていつも外をみながら
泣いてばかりいた。

日常生活に戻れるだろうか?
これからの不安
泣いてもしようがないけれど

娘達には絶対にここには来るなと言ってあったので
夫が毎日寄ってくれた。
そこではちょっと元気なフリができた

術後3日目に私の母が一人でやってきた
顔が合った瞬間涙・・・
私は一緒に泣いてはいけないと思い
「こんなになったけれど大丈夫よ」
平静を装っていた。

帰ってから「ごめんなさい」と何回も
心の中でつぶやいた。

看護師さんにどうしようもできない気持ちを
訴えると翌日に「臨床心理士」さんを
紹介してくれじっくり話を聞いてもらうことができて
良かったなと思う。

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